漫画、猫人間暮らし。

猫の母娘(ちよ、くー)、ハムスターのひまわり、人間のふわふわしたコマ漫画です。あとイラストや雑記。人間が若干患いがちな為、字が読みづらいと言うことは平身低頭にてお詫び致します、、!

はじまりの記憶※BL風味

 

 はじまりは何だったのだろう。


 切り詰めた世界が直立を止め、不安定な浮遊感に足下を心地良く掬われた時だっただろうか。


 溶けない氷の壁に囲われた部屋では、記憶の時計を巻き戻すことすら、不可の札を貼られてるけれど。


 僕は伸びなくなった爪で引っかいては、それでも過去を抱き寄せようとして、ついには指が折れてしまった。


 そして往生際悪く歯を立ててみれば、今度はそれが砕けてしまう。


 嗚呼やがては肉体の全てが千切れて、僕は遂に消えてしまうんだ。


 でもそれは所詮予想出来る未来さ。


 そんなもの、僕は怖くはないし欲しくはない。


 僕が切望するのは、予想出来ない思い出。


 云うことを聞かない脳味噌に噛みつかれ、朽ちかけた躯に傷を付けられようとも。


 確かに在った記憶。

 確かに在った君。

 確かに在った、2人の絆。



 君という存在が僕の中に息づいていると確信できるなら、僕は痛みなんか感じないよ。


 だから、だから、だから。


 もう一度、記憶の中の君に会わせて。


 残滓の僕が、声叫ぶんだ。




 ――もう一度、君と出逢いたいと。










「ダメだなこのポンコツは。データから何から屑同然だ」


 白銀の髪を一つに束ねた神経質そうな男が、溜め息混じりで言葉を放った。


「お買い換えになられますかお客様」


 男の発言受けたのは、この店の主である。

 紅い瞳と揃いの髪色が、妖しげに艶めいている。


「そうだな。こんなオンボロ直しても時代遅れなだけだろう。主人、新しいやつを見せてくれ」


「かしこまりました。それでは此方は、私共の方で処分させて頂きます」


 しかし男からそれを受け取り、店主が踵を返し店の奥へと行こうとすると、その行動を遮るものがあった。


 既に冷たい筈の手の中のそれが、微かに熱を発したのだ。


 微弱ながらも確かに。


 心音のように、トクンと。



 店主はすぐさまそれの内部データを確認した。


 数秒の時を置き、繋いだモニタに表示されたのは。


「…お客様、こちらは私共でお預かりすることは不可能のようです」


「何?」


 眉を吊り上げ不可解を露わにする男に店主は手招きする。


 そして男の視線の先に在ったのは、短い楽曲のデータ。


「……これは…」




 湧き上がる記憶。


 それは、作曲家である男が初めて作った曲だった。


「…楽譜も残してはいなかった。この世にはもう存在していないものと思っていたが…」


 日々の忙しさに追い立てられ、男が過去を振り返る時は皆無に等しかった。


 今の仕事に就いてからは、音楽は純粋な自己の分身ではなくなった。


 誰かの為、何かの為――金の為。



 常に新しいものを追い求め走り続けて来た。


 それは決して悪い事ではないが、男はずっと空虚と欺瞞を感じていた。


 それを壁に打ち付け自ら破壊してしまったのも、苛立ちからだった。



「…それなのに…」



 いつの間にか流れていた、技巧もなく華やかさも欠けたメロディー。


 それでも男の胸は、熱く高鳴っていた。

 心臓が息を吹き返すかのように、トクンと。



 呼気――それは命の、はじまりの音。




「…如何致しますかお客様。新しい商品を、お買い求めになりますか?」


 口調はやや意地悪に、しかし笑みは穏やかに店主が問い掛ける。

 

「客の顔色も伺えないようじゃ店を持つ資格はない。…後は、宜しく頼む」


 コホンと一つ咳払いをして、男は店を後にした。



 それに零れ落ちたふたつの水滴を、メロディーが祝うように揺らしていた。




 END

 


スマホとかのデバイスと持ち主の話かなあと。

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