漫画、猫人間暮らし。

猫の母娘(ちよ、くー)、ハムスターのひまわり、人間のふわふわしたコマ漫画です。あとイラストや雑記。人間が若干患いがちな為、字が読みづらいと言うことは平身低頭にてお詫び致します、、!

斑シリーズ 斑歌※GL小説

「銀も、金も玉も、何せむに、まされる宝、子に及かめやも…かぁ」



 春暖定まらぬ三月の日曜日。


「お散歩がしたいの」と言い出した桧野さんに付き合い近くの森林公園に来てみたら、大小沢山の子供達が遊び回っていた。


 多人数でボールを追いかけ回す者、少人数でシャトルを叩き合う者、一人でブランコを揺らす者など、子供達の様子は皆それぞれ微笑ましく、見守る大人達を穏やかな気持ちにさせてくれる。


 それは桧野さんも同じだったようで、彼女は口から零れ落とすように歌を一つ読んだ。



「ほんとうにその通りよねぇ。子供達は一番の宝物よ~」



「それは誰の歌でしたか」



「憶良だよ憶良~。山上憶良っ。もう!何度言っても覚えてくれないんだから意織ちゃんはっ」



 桧野さんは昔国語の教師になりたかったらしく、和歌だの何だのにやたら詳しい。

 


 しかし家庭の事情で高校卒業後すぐに就職せざるを得なかった為、その夢は否も応もなく諦めさせられたと言う。


 だがこうして和歌を読む桧野さんの瞳は目の前の子供のそれのように煌めいており、今尚胸の奥深く、夢が静かに呼吸しているのが伝わって来る。




「…そんなになりたかったのなら、なれば良かったじゃないですか、教師に」



 事情を知りながら、私は意地悪く発言した。


 私はいつも突き刺すような言葉をあえて選び彼女に接する。


 桧野さんの率直な反応が見たいが故に。


「…うん…でもいいんだ。すぐに就職したおかげで、あの人とも結婚出来たし、あんな風に可愛い女の子にも恵まれたし」



 …ああ、やっぱりか。



 私は心の中で舌打ちをした。


 家族のことを絡めて話す度、彼女は気丈夫な振る舞いをする。



「…捨てられたくせに」



 おさげ頭の幼児を愛おしげに見つめ柔らかい声で喋る桧野さんと反比例して、私の声は鋭さを増す。



「むぅっ…。相変わらず刺さるなあ君の言葉は~。ま、その通りだけどね~…あはは」



 そんな鋭利な言葉をひらりとかわすように、桧野さんはへらりと顔を繕う。





 ――何故この人はこうも無理やりに笑顔を浮かべようとするのだろうか。



 きっと別れた男共にも、こうして何十年も笑顔を向けてきたのだろう。


 長年連れ添った夫に若い女がいると知った時も、その夫から離婚届を一方的に突き付けられた時も、経済力を重視し、当然のように父親について行った愛娘の後ろ姿を見送った時も、この人は悲しみや怒りに蓋をして笑っていたのだろう。



 誰も傷つけまいと、誰にも荷を負わせまいと。



 …だけどね桧野さん。

 

 貴女が無理に笑うことで傷付く人間もいるんですよ。


 悲しいときは泣けばいい。そして…



「桧野さん…」



「なぁに?意織ちゃ…ひゃん!な、なにするのいきなり!?」



 懐に隠し持っていた携帯用しゃもじで勢い良く彼女のお尻を叩けば、桧野さんの顔に自然と浮かびあがるは怒りの表情。



 その瞬間を、花がほころぶのを目にした時と同じくらい、私は眩しく愛おしく感じる。




 涙や苦しみにまみれた笑顔は要らない。



 私に、あの男共に向けていた顔を見せないでほしい。




 ――私の前では、無理をする必要はないんです。



 悲しいときは泣けばいい。


 そして、腹が立ったときはそうやってて怒ればいい。


 …貴女が素直であればある程に、私は本当の貴女の中に入り込めた気がするんです。



 老いた貴女の童心を手に入れた気がするんです。



 あの子供達のように、喜怒哀楽を儘に表していた頃の貴女を。

 


「ちょっと意織ちゃん!わたしの話聞いてる?」



「いえ、全く」



「むうぅっ!!もういいもん!わたし先行っちゃうもん…ってふぎゃっ」



 ふわんと、冴えない上着を翻して歩を進めようとした桧野さんの背中を、こちらへ倒すようにして捕まえれば、小さな身体はすっぽりと私の腕に収まった。



「意織ちゃん??」



 きょとりとする桧野さんを無視して、わたしは彼女の耳元に、ふと心に浮かんだ字余りの歌を落とした。






「――銀も、金も玉も、何せむに、まされる宝………要に及かめやも…」






「…え?うええっ??意、意織ちゃんてか意織ちゃんっ!?それって、それっ」



「フン。やっぱり語呂が悪いですね桧野さんの名前じゃ。貴女の名前ごと捨ててしまいましょうかこんな歌は」



「す、捨てないでよ!?…もう素直じゃないなあ君は…」



 貴女程じゃありません。



 と言う台詞を、しゃもじと共に叩きつけたくなったが、くすりと笑った彼女の可愛さに免じてそれはよしてやることにした。


 それに、今は他に言うべきことがある。

 




「こんなただパクっただけの歌では、私の自尊心は充たされません。…だから桧野さん。特別に貴女を私の先生にしてあげますよ」



 これまで生きてきて、和歌になんぞ何の興味もなかったが、桧野さんを通してみて、少しだけ心揺らされるものを感じた。


 決められた字数の中に込められた古の想い。


 それは家族宛であったり、愛しい人宛であったり。



 遠回しながらも、確かな告白。



 一つの言葉を封じてる私にとって、彼女が愛した手段を用いて想いを伝えてみるのもいい。そう思ったのだ。

 

 

「…え…っ!いや、でも…あの…っ」



「いや?生徒が私一人では不満だと?」



 再びしゃもじを静かに構えると、桧野さんは恐怖に戦いた顔でぶんぶんと首を振り回した。



「ち、ちがうよちがうよ!嬉しくて…あの、い、いいの?わたしなんかが君の先生になっても…?」



「ええ。その代わり、素晴らしい歌が詠めるようにきちんと指導して下さいよ。…桧野先生?」



 そう呼んでやると、桧野さんのつぶらな目から涙が湧き上がってきた。



「…オバサンが人前で泣かないで下さいよ。見苦しい」



「う、うるさーい!泣いてなんかないもん!これはアレよ!あ、あの鳥が落とした糞!」



 いもしない鳥の糞だと彼女が言い張るその水滴には、きっと何十年分の悔し涙も混じっているに違いない。



 学生だった彼女が封じた涙すらも、溶け出し、流れて現在の土に染みて行く。




 ぽたり、ぽたりと。



 そしてそれは、春に映える涙の花に姿を変え、芽吹いては咲き誇るのだろう。



 今この瞬間から。私のそばで、ずっとずっと、世界で一番美しい花が。

 



「……成る程。そう言う意味では、鳥の糞でもあながち間違いないのかもしれませんね。鳥の糞には花の種も混じってたりするそうですから」



「なにそう言う意味って!?ほんとだもん!やたら水ばっかり飲んでるダイエッターの鳥の糞だもーーん!」



 じたばたと暴れ出した桧野さんが指差した先を見上げれば、そこには子供達と桧野さんの賑やかな声で彩られた青空が、どこまでも広がっていた。









 ――銀も金も玉も何せむに、まされる宝要に及かめやも





 ねぇ、桧野さん。




 私にとっては貴女こそが、何物にも勝る、大切な宝物ですよ。



 end

 


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